「 子どもの園 」とは
いちばん大切にしていること
共に住まう
「 子どもの園 」は、キリスト教( 日本聖公会 )の精神を基礎とし、40名の子どもたちと職員が起居を共に住まいながら生活している児童養護施設です。
人々が暮らしてはいるが「住まう」ということがどういうことか分からなくなってきている時代に大きな課題を抱え、さまざまな事情で子ども達はやって参ります。「 子どもの園 」ではそうした子ども達を受け入れ、家族となり、子ども達にとって新しい「 住まい 」となるよう心がけています。
子ども達が安心を得られるよう、それぞれが祈ります。「みんな一緒に生きていこうよ」というのが「子どもの園」の生活であり、働きです。共にいて、心を寄せあう暮らし、互いにとけ込んで、大きな住まい、家族を創り出すのが、「子どもの園」の、又この暮らしの中にいる職員の役割と言えます。
子ども達と共に生活することに、多くの労苦を引き受けながらも喜びを感じられる働き人がいる限り「希望」があります。そして、子どもも大人もその中で必ず成長します。
子ども達をこよなく愛し、歩んでこられた先達の足跡を憶えて、私達も一歩一歩踏みしめながら、よりよく生きることを祈りつつ歩んで参ります。
社会福祉法人 福光会 子どもの園
園長 和田直熙
人はただ生きるのではなく
よく生きることを
もっとも大切にしなければならない
もっとも大切にしなければならない
和田直熙
概要
名称 |
社会福祉法人 福光会 子どもの園 |
所在地 |
〒253-0006 神奈川県茅ヶ崎市堤2552 |
電話番号 | 0467-52-8526 |
FAX番号 | 0467-54-6337 |
代表者 | 理事長 和田直煕(なおき) |
設立年月日 | 1947年5月 |
職員数 | 施設長1名 家庭支援専門相談員1名 個別対応職員1名 児童指導員5名 保育士10名 栄養士1名 調理員4名 事務員1名 嘱託医1名 非常勤3名(心理、調理、保育) |
業務内容 | 「子どもの園」はキリスト教(日本聖公会)の精神を基礎とし、定員40名の子どもたちと職員が起居を共に住まいながら生活している児童養護施設です。 また、本園の他にグループホームを近隣に持っています。 |
沿革
1945年 |
横浜桜木町で平賀孟(つとむ)氏が戦災にあった子どもたちとテント生活を始める |
1946年 |
横浜日ノ出町国有地に神奈川県の資金で横浜戦災者同盟が「厚生同胞寮」を建設 |
1947年 | 5月フラナガン神父来園を機会に「BOYS HOME」と名付けられる。その後、同盟は社団法人日本厚生団として登録認可。日本厚生団は、他にも低簾住宅の建築、賃与、診療活動を行う。その後、総合病院や細菌検査室、市場等を作り市民生活の援護に当たった。 |
1968年 | 前理事長より要請を受け和田直熙が施設長就任、施設再建に取りかかる。 |
1969年 | 山手聖公会が理解を寄せボランティア活動を広げる。 |
1970年 | 横浜国際婦人会アリス・ハリントン氏らに協力を得て再建のための活動を広げる。 |
1971年 | 6月3日、日本厚生団より分離独立、社会福祉法人認可。BOYS HOMEより「子どもの園」へ翻案名称変更。 |
1974年 | 横浜聖アンデレ教会が協力。移転立て替えの為、コンサートをクリスマスに開催、
同時にチャリティーバザーも開催。 |
1979年 | 茅ヶ崎市に開放型小舎制として移転。 |
1982年 | 4月、全国に先駆け横浜市ファミリーグループホーム(サマリヤホーム)を開設。一般住宅を使って定員6人の小規模グループケアを実施。 以降H15年までにファミリーグループホーム7ホーム及び自立援助ホーム2ホームを開設。 |
1994年 | 分園型のグループホームを開設(カナンホーム)近所の一般住宅を購入し6人定員の小規模グループケアを実施。 |
2009年 | 各グループホームを国のファミリーホーム制度へ準じ移行。 |
2015年 | 老朽化に伴い新園舎を2期工事に分け着工 |
2017年 | 新園舎(ひかりの家、ぶどうの家)第1期工事完成 |
2018年 | 新園舎(むぎの家、ののはなの家)第2期工事着工 |
2020年 | 新園舎(むぎの家、ののはなの家)第2期工事完成 |